マンガ読者やアニメ視聴者の感情を面白いように上げたり下げたりして翻弄する異世界大河ファンタジー『不滅のあなたへ』。この物語の魅力は何と言っても、圧倒的な筆力から生み出される魅力的なキャラクター造形とストーリー運びにありますが、その中でも主人公『フシ』の設定と性格が占める割合が大きなものであることに異論はないと思います。今回はそんなフシの魅力の源泉がどこにあるかを、キャラクターの紹介も踏まえながら考察してみたいと思います。
アニメ第1シーズンでフシが獲得した姿
初期状態:球
『観測者』によりこの世界に投げ入れられた時は単なる『球』でした。そこからさまざまな刺激を得ていろいろな姿形に変化していく主人公・・・なんて設定、他ではちょっと見たことも聞いたこともありません。変身できる主人公という存在自体は、フィクションの世界ではむしろメジャーな存在ですが、「何にでもなれる」にも関わらず、主人公としての存在の『芯』がブレないというのはやはり凄いことです。この点ひとつとっても、作者である大今良時先生の非凡さが窺えます。
岩
球の状態からフシが次に変化したのが苔の生えた岩でした。しかし、「観測者」ももうちょっと投げ入れる場所を考えても良かったんじゃないか、とは思いますが。
ジョアン
フシが変身した岩の上で死んだレッシオオカミのジョアンの姿が、フシが最初に手に入れた動物の姿でした。強靱な肉体に備わった爪と牙、それに高い運動性能と鋭い嗅覚は、その後のフシの悠久の旅路において大きな助けとなってゆきます。アニメ第1シーズンの第3話ラストで、ジョアンが「アリガトウ」と話した際には、思わず「きゃわわ」と変な声が漏れてしまう破壊力でした。犬派でなくても、動物好きはがっちりハートキャッチされた方が多いのでは。
少年
フシがいちばん『自分らしい』と感じている姿です。突出して優れた能力は特に持ち合わせていませんが、銀髪で整った容姿の14歳くらいの少年というのは、フシの性格を目に見える形にするとこうなるという、もっとも雄弁な具現化ではないかと思います。タクナハで変身せずに過ごしていた頃には第二次性徴を迎えた若者の姿になりましたし、第1シーズン最終話では、30代くらいの年齢になった姿も見せてくれました。
オニグマ
少年の次にフシが手に入れた姿がオニグマでした。変身すると全身を絶え間なく激痛が襲うとのことなので、身体から突き出している金属製のトゲが人の手によって攻撃された結果だということが分かります。その巨大な体躯から繰り出される攻撃力は、フシが変身できる姿の中でも最大級のパワーを有しています。オニグマの世話をして心を通わせたのはマーチですが、その死に触れて姿を得たと言うことは、フシとオニグマの間にも通じるものがあった、ということなのでしょう。
マーチ
小さな体ならではのすばしこさと、木登りなどの登攀が得意なのがマーチの姿の特徴です。フシに対して母親のように世話を焼いてくれたマーチの姿を得たというのは、『不滅のあなたへ』という物語の中でのエピソードとしては白眉ではないでしょうか。この出来事によってフシの「心を通わせた相手の死に触れることでその姿を得る」という何ともしんどい設定が強烈に方向づけられたのは間違いないかと。また、この作品は「子供も容赦なく死ぬ」ようなスパルタンな世界観だということをこれ以上ない形で読者や視聴者に突きつけた、ということでもあるかと思います。
グーグー
人間でありながら火炎攻撃が可能な点、フィジカルが優れている点がグーグーの姿の大きな利点です。しかし、兄弟のように暮らしたグーグーの死を、その姿を得たことによって敵との戦闘の真っ最中に知る…なんて残酷かつドラマティックなアイデア、いったいどうやったら思いつけるのかをぜひ訊いてみたいものです。まあ、仮に秘訣を教えてもらったところで、発想力の下地がまったく勝負にならないので、われわれ凡俗には大今先生の猿真似が関の山かとは思われますが。
モグラ
偶然に手に入れた姿ではありますが、この小さなモグラの姿を得ていたことで、フシは幾度となく窮地を乗り切っているので、この姿を得たことは決して無駄になっていません。
パロナ
軽くてしなやかなパロナの姿は、機動力と運動性、蹴りによる攻撃、それに弓の能力に長けています。フシがパロナの姿を得たのは、ジャナンダ島の闘技場でバーサーカーとの2回戦を戦っている最中でした。頬を赤らめながら襲いかかってくるバーサーカーとの戦闘はコメディリリーフ的でしたが、その死は最終戦で相対したヤノメのハヤセにより、フシへの『贈り物』としてもたらされたものであることを伝えられフシは激高します。人間に対して明確な殺意を抱いてフシが相手と対峙したのは、おそらくこの時がはじめてだったかと思われます。
その後、ウーパ、ミア、ウーロイ、そしてピオランの死を経ることで、フシはそれらの姿も獲得します。ジャナンダ島の3人に変身した姿は、第1シーズンの最終話で披露してくれました。
主人公としてのフシの魅力はどこにあるのか、その源泉を探る
運命に翻弄されながら、悠久の時間の中を生きるフシが魅力的な主人公であることに異論を唱える方はそういらっしゃらないとは思いますが、なぜ私たちはフシに惹かれるのか、その理由を独自に分析してみました。
フシの魅力・理由その1:善良である
フシの魅力は、なんといってもこの点に尽きるのではないかと思います。もともと善悪どころか本能すら持たない、単なるコピーマシンとしての存在であったフシは、感情、好悪、知恵、人間性などのすべてを後付けの学習で身につけましたが、マーチ、パロナ、ピオラン、グーグー、酒爺、リーンなど、関わりを持ったすべての人たちが基本的に善人だったため、フシの性格も「善」がベースになりました。もし仮にフシと最初に相対したのがヤノメのハヤセだったなら、歪んだ独善的な価値観を性格のベースにした、さぞ恐ろしい不死身のキラーマシンができあがっていたことでしょう。
フシの魅力・理由その2:弱い
こう断言してしまうと身も蓋もありませんが(笑)、フシは『不死身』ではありますが戦闘には長けておらず、変身時のオリジナルの姿が持ち合わせていたフィジカルと知識を使用して戦うため、戦いの結果で死ぬことこそありませんが、ただの人間相手でも昏倒したり拘束されたりといった状況には、けっこう簡単に陥ってしまいます。この危うさもまたフシの魅力のひとつだと考えます。ターミネーターを例に出すまでもないでしょうけど、撃っても切っても死なない相手というのは、戦闘においてもの凄いアドバンテージなので、作品的にはこの程度頼りないくらいでちょうどいいのかも。
フシの魅力・理由その3:悩む
フシを魅力的な主人公たらしめている要素として、フシ自身が自分の存在意義に対して悩んでいる、ということもあると思います。自分はどこから来てどこへ行くのか。限りある人の命を大切に思い、その理から外れた存在である自分自身について悩み続ける様子を描写することは、人ならざる存在のフシが私たちと同列の存在なのだということの明確な提示に他なりません。むしろこんな能力を持ちながら、主人公を超絶無敵のスーパーヒーローではなく、あくまでも等身大の存在として描写する抑制の効いたシナリオ運びにこそ大今良時先生の真骨頂があると言えます。
まとめ
さて、今回は『不滅のあなたへ』の主人公であるフシの魅力について、独自の分析をもとに掘り下げてみました。お読みいただいた方には同意共感異論反論、いろいろとおありかも知れませんが、ご自身でもひとつ「なぜそう感じたのか」を自分なりに分析してみる、というのはいかがでしょうか。漫画やアニメの楽しみ方というのはいろいろありますが、少なくともこの『不滅のあなたへ』という作品は、読者や視聴者のそういった分析をがっぷり四つに受け止めて易々と組み伏せてくる程度の骨格と強度を持ち合わせた作品である、ということにはご賛同いただけることでしょう。